鹿児島市の魅力は「おせっかい」?
クリエイター大歓迎の現地事情とは

鹿児島市では現在、クリエイティブ産業振興の一環としてクリエイターの移住促進に力を入れています。そんな鹿児島では、近年どのようなイベント、クリエイティブシーンがあるのでしょうか?

鹿児島のリアルをお伝えするオンライントークイベントを2021年1月下旬に開催。現在鹿児島と関係のある人はもちろん、関わりの少ない人やしばらく帰省していない出身者で、リアルなクリエイティブシーンが見えづらくなっている人たちにも学びを得る内容となりました。

ご登場いただいたのは、鹿児島や東京でイベントの企画・運営をしているBAGN代表の坂口修一郎さん、毎年鹿児島に足を運んで活動しているアーティストの岡本亮さん、市内にある老舗ホテル「ホテルニューニシノ」の代表取締役・西野友季子さんです。それぞれの視点から、鹿児島×クリエイティブについてお話してもらいました。

  • 取材・文:横田ちえ
  • 編集:青柳麗野(CINRA)

公開日時:2021/02/26

坂口修一郎

BAGN Inc. 代表
鹿児島県出身。無国籍音楽のエスペラント楽団・Double Famousを結成し、ミュージシャンとしても活躍。野外イベント『グッドネイバーズ・ジャンボリー』を主宰。鹿児島に限らず全国のクリエイターを集めて開催している。ランドスケーププロダクツ内にディレクターカンパニーBAGN Inc.を設立し、現在は鹿児島と東京の二拠点生活を送る。

岡本亮

アーティスト、芸術家、クリエイティブディレクター
兵庫県出身。アートブランド「CALMA」を立ち上げる。活動は関西にとどまらず、東京、新潟などの各地で、作品展示やイベントの企画・制作を行う。その傍ら「ash Design & Craft Fair」など、鹿児島のイベントにも参画。何度も鹿児島を訪れるうちに、その魅力の虜に。

西野友季子

ホテルニューニシノ 代表取締役
鹿児島県出身。イギリスへの留学後、鹿児島に帰郷。2009年に家族が経営するホテルニューニシノに入社し、2016年に代表取締役に就任。ホテルのなかでイベントを積極的に仕掛け、さまざまなクリエイターの発信の場としてニューニシノを懐深く開放。県内外から注目を集めている。

障害、ジェンダー、国籍、ジャンルを超えた「文化の地産地消」

鹿児島市近郊の森のなかに佇む小さな廃校を舞台にした野外フェス『グッドネイバーズ・ジャンボリー』は、音楽、食、クラフト、アート、文学、映像など幅広いコンテンツが楽しめる鹿児島の夏を代表するイベントのひとつです。主宰の坂口修一郎さんはBAGN(BE A GOOD NEIGHBOR) Inc.代表として東京と鹿児島を拠点に空間プロデュースやイベント、フェスティバルなどを手掛けています。音楽家として無国籍楽団ダブルフェイマスの活動などをするなかで、2010年に『グッドネイバーズ・ジャンボリー』を始めました。

坂口:目指しているのは誰も取り残さない「みんなでつくる文化祭」です。一般的な音楽フェスではミュージシャンが中心で、みんなが舞台上のミュージシャンを見ています。でも、『グッドネイバーズ・ジャンボリー』では、クリエイター同士がフラットに交流できる場所にしようと始めました。プロフェッショナルもアマチュアも、大人も子どもも、障害のあるなしも関係なくて、ジェンダー、国籍、ジャンルを超えて一緒に楽しむ、東京発信を地方で受け取るのではなく地方から発信する「文化の地産地消」を意識しています。日本の教育の原風景のような戦前に建てられた校舎、校庭の真ん中にあるシンボルツリーのクスノキ、地域に昔からある風景がフェスには欠かせないものとして場を演出しています。鹿児島発の確かなクリエイティブシーンがここにはあります。

『グッドネイバーズ・ジャンボリー』の会場

坂口修一郎さん(BAGN代表)

街中にアートが散りばめられ、歩きながら非日常を発見する『ash Design & Craft Fair』

『グッドネイバーズ・ジャンボリー』が、みんなが一か所に集まる「祝祭」だとしたら、街中にアートが散りばめられていて、歩きながら非日常を発見して楽しむイベントが『ash Design & Craft Fair(以下、『ash』)』だと、どちらのイベントにも参画経験のある坂口さんは言います。『ash』は、南九州の各ショップを会場に、さまざまなクリエイターが作品を発表するデザインとクラフトのイベントです。アートブランド「CALMA」を立ち上げ、アートやプロダクトを複合的に発表している岡本亮さんは、毎年『ash』に参加するために鹿児島に滞在しています。

『ash』での「CALMA」の様子。鹿児島市内を練り歩くショーを開催するなど(写真提供:岡本亮)

岡本亮さん(アーティスト、芸術家、クリエイティブディレクター)

岡本さんの好きな言葉は「類は友を呼ぶ」。その言葉に導かれるように、鹿児島との繋がりが生まれていきました。アムステルダムで、鹿児島のファッションブランド「hihihi」と知り合い、それがきっかけで『ash』へ参加することになった。『ash』12回(2019年)と、13回(2020年)では、ホテルニューニシノの会場を借りて、温泉、サウナ、スナック、アート、ライブが入り混じる「温泉エンターテイメント」イベントを開催しました。

岡本:『ash』では、誰かディレクターがいて仕切るわけではなく、場とクリエイターのマッチングは自発的に行います。ぼくは西野さんのとこへロビーと温泉を貸してくれと直談判に行きました。宿という場所はエンターテイメントの塊だと思っています。西野さんのホテルは場がとても良くて、男性専用のサウナがあって、こんなに面白いのを男性用だけにしているのがもったいないと、女性でも、家族連れでも参加できるように水着着用の混浴イベントを提案しました。

『ash』で岡本さんが行った「温泉エンターテイメント」の様子(写真提供:岡本亮)

ホテルニューニシノは鹿児島の繁華街・天文館で旅人を迎え続けてきた100年の歴史がある老舗ホテルです。西野友季子さんは短大卒業後、イギリスで語学やアートを学んだあとに2009年から家族が経営するホテルニューニシノに入社。以来、日々お客様を迎えながら、街の動きや楽しみ方にアンテナを張る日々を送っています。

西野:岡本さんが声をかけてくださって、最初は「混浴」と聞いておそるおそるでしたが、やってみたら楽しかった。プロフェッショナルな人たちが入って、見慣れた空間がいままで見たこともない異空間になりました。外からの人の目線で、自分のホテルのよさにあらためて気づかされましたね。イベントをきっかけに、男性専用だったサウナで月1回レディースデイを開催することにも繋がったし、新しいことに踏み出すきっかけになりました。

西野友季子さん(ホテルニューニシノ 代表取締役)

岡本:見慣れた空間が変わる。これだけがアートとは言わないけど、アートをそういう風に利用することは刺激になると思います。『ash』ではクリエイターと場を持っている人の両方の意識が高い。楽しみたいというか、繋がれるポテンシャルを持っているというか。

人口60万人規模の都市は可能性がある

『グッドネイバーズ・ジャンボリー』や『ash』のようなクリエイティブシーンが盛り上がる背景として、鹿児島市の人口規模の「ちょうどよさ」も関係があるかもしれません。人口約60万人、経済圏としてそこそこ大きく、人も多すぎず、少なすぎない。車で少し行けば豊かな森や海といった大自然がある。アメリカのポートランドもそのくらいの規模感の街で、そのバランスのよさが、クリエイターの活動しやすさや横の繋がりに影響しているようです。

坂口:お店同士もすぐ仲良くなるし、「あの人に今度仕事をお願いしたいな」と考えていると、その人と街でばったり出会える。

西野:若いころは外に出たい気持ちが強くて、でも帰ってきてあらためて鹿児島を見ると、規模感がちょうどいいって思います。息抜きしたいときは海、山にすぐ行けるし、フェリーに乗って桜島へ行くと旅気分になれるし。街も人が多すぎず、歩きやすくて自転車でも移動しやすいんですよね。

おいしい飲食店に天然温泉、おせっかいな鹿児島人

おいしい飲食店や天然温泉も鹿児島の街の魅力。ローカルな銭湯(じつはほとんどが天然温泉)では、地元のおじちゃん、おばちゃんから話しかけられることもしばしば。鹿児島の人におすすめの飲食店や温泉を聞けば、あれこれ教えてくれる人が多いようです。

岡本:ここまでぼくによくしてくれる街はほかにない。鹿児島のクリエイターがいろんな人と繋げてくれて、さらにおすすめの飲食店や温泉にも案内してくれていいお店をたくさん知れた。ガイドブックをつくりたいくらい!

坂口:鹿児島の人はおせっかいなんだと思います。知り合いが鹿児島に来て、空港からヒッチハイクをしようとしたとき「女の子が一人で、それはよくない」とトラックの運転手さんが迎えの人を手配してくれたそうです。あと、街中で道を聞くと全員がその場所まで連れて行ってくれる。そんなところが気に入って、その子は鹿児島に移住しました。歓迎してくれる人がいるから関係性が生まれていく。地元と人々と関わる「関係人口」をつくるには、まず「歓迎人口」からですね。

移動距離とアイデアは比例する

クリエイターにとって、鹿児島に移住する選択肢もあれば、ひとつの拠点として考えてみるのもいいのかもしれません。

坂口:20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチが1年のうち季節に応じてニューヨーク、イタリア、香川にいたことを知りました。一般的に移住って言うと「移動して定住」だけども、イサム・ノグチは移動のなかに住んでいたんですよ。これだ! これがほんとの「移住」だと思い、自分も鹿児島と東京の二拠点だけじゃなくて、あちこち行きながら移動のなかに暮らしたい。移動距離とアイデアは比例すると思います。

西野:鹿児島に住んでいるクリエイターでも、家にこもって仕事している人は、ホテルに1、2泊して気分転換される方もいます。そういう使い方もこれからあるのではないでしょうか。

それぞれのマイ桜島

鹿児島のシンボルといえば桜島。存在感の確かな桜島の風景こそが、出身地ではなくても鹿児島に思い入れを抱きやすい理由のひとつかもしれません。

岡本:鹿児島市に行くときは、海岸沿いをいつも通るようにしています。桜島の怒り具合を見ながら「きたぜー」って気持ちになる。毎回窓から同じ写真を撮っていますね。

坂口:みんなマイ桜島がありますよね。自分が住んでいる場所や距離感によって見え方が変わるので、自分なりの桜島がある。俺の桜島はここだって連れていく人、絶対いますよ。

西野:自転車で桜島を一周したり、カヤックから眺めたり、視点や角度、時間帯で山肌も色も全然違う。毎日見ていても感動する。そこは鹿児島の素晴らしさかな。

岡本さんのマイ桜島。「最初に来る途中に見つけた、車と一緒に撮影できる桜島」(岡本さん)

坂口さんのマイ桜島。「何話してんだろ。30年前はぼくがそこに座ってた。変わらないね」(坂口さん)

西野さんのマイ桜島。「住んでいるマンションからの桜島。海を挟んで街の後ろに大きくそびえる桜島は大きく、街と活火山が一体化したこの景色と距離感はすごいし、面白いなぁと思う。日常の風景だけど、必ず毎日桜島をみて癒されます」(西野さん)

鹿児島クリエイティブへの一歩は、役割のあるコミュニティーに入ること?

最後に、実際に鹿児島のクリエイティブシーンに関わりたいと思ったとき、どのようにコミュニティーに入っていけばいいのをお聞きしました。

坂口:『グッドネイバーズ・ジャンボリー』ではボランティアサポーターを毎年募集しています。いろんな仕事を割り振っていて、役割が与えられる場があるとコミュニティーにすっと入っていける。そこに飛び込んできてもらえるのが一番早いかな。ぼくらのイベントじゃなくてもいろいろあるので、気が合いそうだなってところに飛び込んでみるのもいいかも。移住って、生き方、暮らし方。仕事以前に、自分はどう暮らしたいのかってヴィジョンがあれば、楽しく生活できるのかもしれない。鹿児島市に面白い人の比率が増えるのは大大歓迎。一緒に面白いことできるとうれしいですね。クリエイターのみなさん、鹿児島に来たら連絡ください! おせっかいなので案内しますよ(笑)。

西野:鹿児島に来たことがない人はぜひ来ていただいて、自分の目で見てみることが一番かな。魅力的な場所もたくさんあるし、受け入れ側はそういう人たちと一緒に仕事できたらいいなと思っているので。ホテルニューニシノでお待ちしています。毎月レディースデイもやっています!

岡本:『ジャンボリー』と『ash』には可能な限り参加し続けます。そのなかのスタッフや仲間として、新しいクリエイターと交流ができて一緒に酒が飲めるといいですね。ぼくは、こういう職業、人生を選んでいるので、新しいものを見つけがちな人間。だから、活用されていない鹿児島の古い建物とかをみんなで一緒に楽しんで、守るべきものは守って、県をまたいででも一緒にできたら楽しそうです。

トークイベントを通して、鹿児島の土地や人から生まれる地産地消のクリエイティブシーンが盛り上がっていることがわかりました。思い切って飛び込んでみたら、おせっかいな鹿児島人があれこれたくさん教えてくれるかもしれません。

1時間半のイベントはあっという間に終了。みなさまありがとうございました