転職する? しない? 鹿児島市に移住した、あるクリエイティブ業界社員のハナシ

クリエイターが地方移住を考えたとき、フリーランスで仕事をすることもできますが、社員として企業に勤めるという選択肢もあります。その場合、鹿児島のクリエイティブ業界ではどのような仕事ができるのでしょうか?

今回は、転勤でUターンした株式会社BAGNの黒瀬優佳さんと、転職でIターンした株式会社南日本放送(以下、MBC)の小川篤志さんに、クリエイティブ業界に勤める会社員の、「リアルな移住話」について聞いてみました。

  • 取材・文:横田ちえ
  • 撮影:磯畑弘樹
  • 編集:市場早紀子(CINRA)

公開日時:2020/09/28

黒瀬優佳

株式会社BAGN コミュニケーションディレクター。鹿児島出身。宮崎の大学に進学後、新卒で福岡に本社を置く広告代理店に入社。5年ほど勤務した後、東京の有限会社ランドスケーププロダクツに転職。同社のグループ会社である株式会社BAGNの鹿児島オフィスができたタイミングで鹿児島に転勤。

小川篤志

MBC南日本放送 ネットワーク局デジタルメディア部勤務。大阪出身。大阪の放送局、毎日放送(以下、MBS)の関連会社に長年勤務。より地域に近い仕事やクリエイティブな仕事をするために、MBCへ転職して鹿児島へ移住。現在は移住サイト「かごしま暮らし」や防災情報やニュースを伝えるMBCアプリの制作・運営に携わっている。

すべては「理想の仕事」をするため。縁のない鹿児島市移住への覚悟とは?

黒瀬さんは、もともと鹿児島のご出身で、これまで福岡、東京で勤務されていたそうですが、転勤・移住はどのように決断されたのでしょうか?

黒瀬私の場合、高校卒業後に鹿児島を出て、福岡の広告代理店に勤め、その後、東京のデザイン会社で働いていました。歳を重ねるごとに任される仕事も増えてきたし、都会の生活もすごく楽しく感じていました。でもふと息抜きに地元の鹿児島に帰って、自然に囲まれた環境や、地元の友人たちの楽しそうな様子に触れるうちに「いつかは戻ってこよう」と思うようになったんです。

そんななか、鹿児島の仕事に携わるチャンスが訪れました。初めは、東京から頻繁に行き来していましたが、会社側が鹿児島市に事務所を構えることになって。そのタイミングで「行きます!」と自ら手を挙げ、いまに至ります。

株式会社BAGN コミュニケーションディレクターの黒瀬優佳さん

株式会社BAGN コミュニケーションディレクターの黒瀬優佳さん

一方で小川さんは、大阪のご出身ですよね。なぜ鹿児島市に?

小川はい、私は地元である大阪の放送局MBSでウェブ制作のスタッフをしていました。働いているうちに、地域や、頑張っている人をもっと応援するような、その土地に根ざしたクリエイティブにチャレンジしたくなって。そんなとき、鹿児島の放送局MBCの求人を偶然見つけ、応募したんです。

MBC 南日本放送 ネットワーク局デジタルメディア部の小川篤志さん

MBC 南日本放送 ネットワーク局デジタルメディア部の小川篤志さん

縁のない鹿児島市へ移住転職することに、迷いはありませんでしたか?

小川入社当時は40歳だったので、正直すごく迷いました。だけど、この歳で新しいことができるのは、すごく恵まれたことだと思うんです。仮に、60歳で定年だとして、残り「20年しかない」と「20年もある」のどちらで捉えるかで広がる景色が変わりますよね。ぼくは「20年しかない」と考えたので、だったら残りを悔いなく走り切れば大丈夫だと思い、移住転職を決断しました。

また、MBCはインターネットメディアとの連携を強めるなど、多様な取り組みをしているので、新しいことにチャレンジできると周りからも薦められました。先ほど話した、「地域に根ざしたクリエイティブがしたい」という自分の理想ともマッチしていたんです。

黒瀬たしかに私も「自分がどう刺激を受けて成長するかは自分次第」だと思います。東京は人が多い分、たくさんの刺激を受けられるかというと、じつはそうでもない。物理的に自分が向き合える人数には限りがあるし、日本中どこにいてもそんなに変わらないんですよね。それに、出身の私でさえ、鹿児島でまだ会えていない魅力的な人がたくさんいるし、まだまだ知らない魅力がある。

小川さんは、MBCの面接時に初めて鹿児島市に来たとうかがいました。

小川そうですね。そのときの鹿児島市の印象は、思ったよりずっと都会だなと。ぼくの知り合いが鹿児島市に来たときも、同じ印象を持っていましたね(笑)。行こうと思えば、大阪も東京も飛行機でぱっと行けて便利です。

実際に移住してから、暮らしに変化はありましたか?

小川じつは鹿児島市に来るタイミングで、結婚して子どもが生まれました。妻もぼくと同じ大阪出身です。それまで週末は、イベントや勉強会に行くような過ごし方だったのが、移住してからは子ども中心の暮らしに変化しました。気軽に海や川へ連れて行けるし、自然との距離が近いので、子育てには良い環境だと思います。

黒瀬私には高校時代からお付き合いしている方がいるのですが、その方が鹿児島で就農をしたので、最近は私も土と触れあう生活をしています。海や山など休日に遊びに行く先々でも、「これはあの仕事に活かせそう」と刺激を受けます。

東京と鹿児島市をつなぐ。移住者だからこそ担える役割がある

ところでお二人は普段、どのようなお仕事されているのでしょう?

小川ぼくは、移住情報サイト「かごしま暮らし」の運用と、天候や防災・避難情報を迅速に県民に伝えるMBCアプリの制作・運用を担当しています。

「かごしま暮らし」は外部のクリエイターと連携して運用していますが、移住者が主役のサイトなので「その人たちが鹿児島で生き生きと暮らす様子が立つように」という根本の部分をしっかり共有することを心がけています。ただ、こちらから注文をつけすぎると、クリエイターが本来の力を発揮できないので、どうしたら外部パートナーにも案件を自分ごと化して取り組んでもらえるかを日々考えています。

(左)「かごしまで暮らす人」の声と「かごしまじかん」を届けるウェブマガジン「かごしま暮らし」 (右)鹿児島の最新ニュースや地域の気象情報を届ける「MBCアプリ」(画像提供:MBC)

(左)「かごしまで暮らす人」の声と「かごしまじかん」を届けるウェブマガジン「かごしま暮らし」 (右)鹿児島の最新ニュースや地域の気象情報を届ける「MBCアプリ」(画像提供:MBC)

黒瀬さんはいかがですか?

黒瀬クライアントは、行政や鉄道会社、デパート、大手商社、メーカーなど、福岡や東京で働いていたときと変わらず、広い業界の方たちです。クライアントが抱えている課題をどういうかたちで解決していくか、コンセプトから一緒に考えて、イベントや広告などの解決の手段を提案する仕事スタイルが多いです。

最近では、鹿児島市が主催し、「クリエイティブ産業の振興」をテーマに国内外で活躍するクリエイターを招いてトークセッションを開催するイベント『鹿児島×渋谷クリエイティブ・シンポジオン』の企画サポートをしています。

2020年1月24日に渋谷ヒカリエで開催された、『鹿児島×渋谷クリエイティブ・シンポジオン』の様子(画像提供:BAGN)

2020年1月24日に渋谷ヒカリエで開催された、『鹿児島×渋谷クリエイティブ・シンポジオン』の様子(画像提供:BAGN)

東京のクリエイターとお仕事をする機会も多いのですね。

黒瀬そうですね。ほかにも、都内で働いていた交流関係を活かして、東京と鹿児島市の人をつなぐ機会も多いです。都内のクリエイターが現地に来たときに観光案内をすると、今度はその人が鹿児島の良さをさまざまなところで広めてくれるので、良い循環になっています。まさに、Uターン移住者だからこそ担える役割だと思っています。

小川わかります! ぼくも京都の知人に鹿児島を案内したら、すごく気に入ってくれたんです。いまでは、ゲストハウスに泊まって仕事をしながら、観光して回るというスタイルで、定期的に来ているようです。

仕事もしながら現地を楽しむというのは、新しいですね。

黒瀬いまはいろんな場所が仕事場になりえる。鹿児島市はワーケーションの環境としても良くて、うちの会社があるこの場所も、シェアオフィスなんです。Wi-Fi環境が整っている作業スペースもあるので、時間があるときにここに立ち寄って仕事をする人もいますね。

今回の取材会場になったのは、桜島と鹿児島市街地がよく見渡せ、BAGNの事務所も入っているシェアオフィスで行われた

今回の取材会場になったのは、桜島と鹿児島市街地がよく見渡せ、BAGNの事務所も入っているシェアオフィスで行われた

鹿児島で「できないこと」はない。充実した移住転職にするには?

鹿児島市で働いてみて、新たな発見はありましたか?

黒瀬一度、仕事で東京の人と鹿児島の人の仲介役をしたことがあるのですが、私が入る前は、言葉にならない温度感など、コミュニケーション上のすれ違いが原因のトラブルが多かったようです。その経験から、あいだに入ってコミュニケーションをすることも、ある意味、クリエイティブを生み出す歯車のひとつだなと感じました。

小川東京や大阪などの都市部だったら、担当セクションを分けているので、プロフェッショナルに任せられるんですけど、鹿児島ではひとりが全体を見ないといけない。手を動かすだけじゃなく、自分でいろんなことをやらなければならない場面が増えるので、仕事量は多いですよね。

黒瀬そうなんです。だから私も仕事の範囲は広がりました。

小川そういう意味では、道の舗装など街づくりもひとつのクリエイティブだと思うので、言葉の広さや可能性は多岐に渡りますよね。ぼくも、どんな仕事においてもクリエイティブを発揮していかなければと、身が引き締まります。

これから鹿児島市のクリエイティブ業界には、どんな可能性があるのでしょう?

小川自分が仕事で扱う、SNSやインターネット配信などのデジタル媒体は、伝える手段として非常に強力です。例えば、鹿児島の農家さんのお米を世の中にもっと広めるなど、何か「つくる人たちの補助」として、デジタル媒体を最大限に活かせる方法があるのではと考えています。

最後に、移住や移住転職を検討されている方にメッセージをお願いします。

小川ぼくは「かごしま暮らし」を通して、さまざまな移住者の話に触れてきました。みなさん「鹿児島に長く住みたい」という思いはもちろん、起業したい、現地の企業でこんなことをしたいといった、「やりたいこと」を一貫して持っているのが印象的でした。

そんな熱い思いがあれば、移住転職をしても、大きな影響力のある面白い仕事ができるんじゃないかと思います。なので、ぼくのように移住してきたクリエイターが活躍できるフィールドを、いまいる企業のなかでもしっかりつくっていきたいですね。

黒瀬最近では、鹿児島市にUIターンしたクリエイターたちが積極的に県内外の仲間を巻き込んで仕事をしていて、地元のクリエイティブ業界は盛り上がり始めています。どんどんコミュニティーが広がっていけば、鹿児島市にいてできないことはないと思っています。

鹿児島市でのクリエイティブの可能性について、生き生きと話すお二人の姿が印象的でした。移住転職は、できる仕事の幅も、やりがいも広げてくれるのかもしれません。自分の道を切り開く力強さがあれば、鹿児島市の環境を活かしたクリエイティブを生み出すことができる。

移住を検討される方は、地元の企業への転職も選択肢のひとつにしてみると良いかもしれません。