アーダンリゾート株式会社
代表取締役 藤 陽一ふじ よういちさん

鹿児島市ではクリエイティブ人材の誘致に力を入れていますが、今年度は従来の観光型の移住体験に加え、地域企業でのクリエイティブワーク(付加価値を創造する業務)を通して「働く街」としての鹿児島を体感していただくことで、関係人口の創出を目指すジョブケーション型の移住体験プログラムを企画しています。「住む街」としての生活環境に加え、地域企業とのクリエイティブワークを通して「働く街」としての鹿児島 を体感していただく予定です。ジョブケーションの受け入れ先企業3社(それぞれクリエイティブ、デジタル、マーケティングというテーマ)に、事業内容や自社の魅力、鹿児島市ならではのやりがいについて語っていただきました。

Q.「アーダンリゾート株式会社」とは、どのような会社ですか?

「藤絹グループ」という企業グループの中で、「奄美の里」全体の運営管理を、父が代表をしている「(株)藤絹」が行っております。その中で、私が代表を務める「アーダンリゾート(株)」が「奄美の里」の飲食部門(婚礼・宴会・観光団体食事・レストラン・通販)や鹿児島中央駅近くのホテル「シルクイン鹿児島」の運営を行っております。また、大島紬の製造を行う「藤絹織物(株)」や、「藤絹観光(株)」についても私が代表として担当しております。関連会社として、「(株)ビッグツー」、「藤絹商事(株)」、「プレプレス(株)」を私の双子の兄が代表として運営しております。

Q.「奄美の里」の歴史について教えてください。

1929年に、奄美大島の大熊という場所で機織機8台での大島紬の製造を創めたのが事業の原点ですので、現在創業93年目ですね。1952年に藤絹織物株式会社として設立しまして、「奄美の里」の施設自体は、1974年に「本場大島紬の里」という名前で、大島紬の製造工程を見られる工場として鹿児島市谷山にオープンしました。工場以外にも日本庭園や奄美庭園を有しており、鹿児島では恐らく初めての産業観光施設であったと思いますが、オープン当時、連日多くの企業視察や観光の団体バスがやってきて、大変な賑わいだったそうです。2008年には婚礼や宴会事業を本格的に始動し、2013年に全館リニューアルをして今の形になりました。

Q.現在の事業内容について教えてください。

私が地元に帰ってきた2007年頃は、「奄美の里」の施設自体は、どちらかというと観光団体向けで、大型バスで来て大島紬の製造工程を見学し、食事をしたりお土産を買ったりなど、観光に特化したイメージが強かったのかなと思っています。1990年代後半ぐらいから団体旅行そのものが減ってきているという状況の中、私としては、当館の魅力を地元のお客様にも知っていただき、ご利用いただける施設にできないかと思い始め、2008年から力をいれたのが、婚礼や宴会事業でした。立ち上げ当時は、ブライダルの勉強もしながら、ご宴会の営業獲得のために周辺の法人を回ったりしていました。最初のころは、法人宴会を受注するため「奄美の里です」と企業訪問すると、「奄美の里さんがうちに何の用ですか?」と素っ気ない対応をされることもしばしばありました。しかし、地道な営業活動と、2013年の大規模リニューアルの効果もあり、婚礼や宴会の受注件数も順調に伸びていきました。そのような状況の中、コロナウィルスの蔓延がこれまでのビジネスモデルを根底から覆すような事態を招いてしまいました。大人数での飲食の制限、県をまたいだ移動の制限など、団体旅行、婚礼、宴会と、大人数で集まって見学や食事をしていただく事業を行っている当館にとっては、致命的な状況となってしまいました。最近はコロナが少しずつ落ち着きつつある中で、営業成績も徐々に回復しつつありますが、会社全体としてはコロナ前の状態と比べても70%位までしか戻っておらず、今後を見据えたリスクマネジメントのうえでも、今後の奄美の里がどうあるべきか、ターニングポイントがきていると感じています。

Q.やはり大島紬が事業の核になりますか?

そうですね、現状、売上という点では核ということではないかもしれませんが、大島紬は弊社の原点であり、今後も大事に残していくべき事業だと考えております。祖父と父が情熱をもって挑戦をしてきた気概と重みを感じながら、この事業を継続していく責任があると思っております。
1944年に奄美から鹿児島市に来て、最初は高麗町で大島紬の機織りを開始しました。奄美に残した工場が全焼失したため、戦後、鹿児島市内で機織りを開始したと聞いています。
その後、織工さんが当社関連だけで4~5千人になるほどのピークが訪れました。1974年にこの施設が出来た当時は、大型バスが一日に何十台も並んでいる状態で、大島紬が当時は嫁入り道具にも使われていたという事もあり、飛ぶように売れていました。問屋さんが、まだ織っている織工さんの横に立って「これが欲しい」と注文するほど、大島紬が売れに売れていた、そういう時代でした。その頃は、鹿児島県全体で年間100万反近く生産していましたが、現在は1万5,000反ほどに激減しています。当社でも、現在は織工さん約40名と、1/100の規模になってしまっています。
ただ、色々な問屋さんによると、大島紬は産地としてはまだ大きい方だそうです。とはいえ、今後急激に着物としての需要が伸びていくかというと、そこはなかなか難しいところもありますが、着物を愛してくださる方もいらっしゃるので、今はある程度下げ止まったのではないかと思っています。というのも、今は問屋さんからの注文に対して、生産が追いついていないという状況なのです。問屋さんや小売店さんへの要望に応じていきたい思いはあっても、分業制で成り立つ大島紬の製法、織工さんの育成など、一朝一夕にはいかない技術の壁があり、生産性をあげていくのは簡単にはいかず難しいところですね。

Q.鹿児島で地域とのかかわりも多いですか?

そうですね、例えば、鹿児島県内の小学校の社会科見学や、県内外の中学校や高校の修学旅行の受け入れを行っております。大島紬の見学や、お食事に鶏飯(奄美大島の郷土料理)を食べていただくことを通して、奄美の伝統文化、食文化を紹介し、体感していただいているという点では、郷土に貢献していると自負しております。また、最近は、食事や工場見学だけでなく大島紬の体験をされたいというご要望が増えてきており、個人のお客様向けには、大島紬の織り体験・着付け・組紐・草木染など、多くの方が楽しめる体験ツールを増やしています。一人前になるまでに数年かかる大島紬の織工さんの育成と、文化を継承していく役割を担えればと思い、積極的に雇用を行っています。大島紬以外の部分では、婚礼やレストランで、ホテル関係の専門学校の生徒さんの現場研修の受け入れなどもしており、様々な分野で地域とかかわりを持たせていただいております。

Q.地域とのかかわりを持つという点では、レストランの食材についても鹿児島のものを多く使うなどされているようですが、詳しく教えてください。

全て県内産ということではありませんが、積極的に取り入れるようにはしています。
何と言っても、父が奄美大島にある自社農園で始めた、真っ赤なドラゴンフルーツは、フレッシュな果実のまま用いたり、ピューレ状にしてレストランのデザートに使ったり、館内全体で活用しています。ドラゴンフルーツの赤い色素を利用したハート型の氷をお冷にいれて提供していますが、インスタグラムにもアップされたりと、女性の方に喜んでいただいています。さらに、去年、奄美大島の世界自然遺産登録に伴い、奄美の農家さんなどと直接連携をとるきっかけもできました。例えば、洋食では奄美の食材を取り入れた「奄美コース」や「奄美バーガー」、和食では、貴重な島豚「あかりん豚」を使ったメニューの提案をしています。奄美を謳ったイベントやフェアなどでも奄美の食材を取り入れていますね。

Q.御社の特徴や魅力を挙げるとしたら、どういうところになりますか。

小規模で色々な事業をやっている部分があるので、希望があれば、個性を生かして働ける場所の選択肢は多いかと思います。また、庭園や伝統工芸品に囲まれているせいか、穏やかで優しい性格のスタッフが多いと、外部の方からもお話をいただきます。お客様主導で物事を考えて、部署を超えて連携し、お互いに様々な提案をしているスタッフが多く、それが自然とお客様との距離感を縮め、スタッフ自身の喜びにもつながっていると感じます。

Q.今後の御社としての計画やビジョン、またはプロジェクトなどがありましたら教えていただけますか?

コロナが流行する前、「奄美の里Re-bornプロジェクト」というチームを作って、施設として今後、どういう形を目指していくかを検討しました。その時に「奄美・鹿児島の伝統文化を通して、お客様に価値ある時間を提供し、地域が誇れる施設を目指す」というコンセプトを掲げまして、「生涯にわたり愛される施設になっていく」「これまでの文化を守り継承発信し、さらには新しい文化を創っていく」「ここでしかできない体験を通じた観光プログラムを作っていく」という3本の柱を立てました。
具体的にどういったことを取り組んでいくかですが、例えば地域貢献やファンづくりのために、最近力をいれているのが、ユニバーサルツーリズムですね。ご高齢の方や障害のある方、LGBTの方にも安心して楽しんでいただけるように、施設の整備や、社外から講師をお招きして社員が積極的に学習する機会の提供を行い、今年2月には観光庁の「観光施設における心のバリアフリー認定制度」の認定を受けることができました。
これらは、SDGsの考えにも共通している項目でもあります。
「これまでの文化を守り継承発信し、さらには新しい文化を創っていく」という点では、最近の実績の一つとして、大島紬の新商品開発があります。端切れなどをうまく活用して新しいデザイン商品を作って、「日本百貨店協会賞」をいただきました。それがソフトバンクさんの目に留まり、先日はコラボ商品も作りました。そういった大島紬の着物以外の活用方法を今後も模索していきたいと考えています。また、当館スタッフの発案ではじめた「機織りの儀」という婚礼演出も文化継承、創造の1つだと思っています。結婚式・披露宴の中で、新郎新婦や列席者の方々に機を織っていただき、1枚の布を完成させる儀式なのですが、糸をそれぞれのご列席の皆様に見立て、心を織り込んで模様ができていく、“絆、心をつむぐ”という意味があり、当館ならではの演出です。

Q.事業を幅広く行われていますが、今後はどの分野に一番力を入れていきたいですか?やはり婚礼の分野でしょうか?

まさに今回のプロジェクトの重点的な部分でもあり、今後の「奄美の里」の在り方について、皆で今話し合いを重ねているところです。婚礼についても、今後の「奄美の里」の事業の柱の一つであることに変わりはありません。ただ、元々、国内団体旅行の低迷から、婚礼宴会事業を強化してきたのですが、今コロナ禍で大人数での飲食などが思うようにできない状況に陥ってしまっています。そういう環境が大きく変わっていく中で、今後どこに焦点を当てて、集客をしていくか、軸をどこに置くか、ということは事業経営のリスクヘッジの観点からも早急に検討が必要なところで、現在、様々な可能性を探っているところです。原点回帰という観点からも、「観光」についてはやり方、見せ方など改善の余地があり、一つの柱であり、再び力を入れていかなければいけない分野だと思っています。

Q.今回ジョブケーションという形で人材を受け入れていただく予定ですが、ジョブケーションではどういったことを期待されますか?

「奄美の里」という施設は、大島紬の見学施設であることから、ひょっとすると真面目で少し堅いイメージがあるかと思います。色々なものをオンラインにより遠隔で見ることができる今、実際に体を使って体験するというのは今後ますます注目されていくと考えています。そこで、ただ体験するだけでなく、やはり純粋に「楽しい」と感じることが一つのキーワードだと、最近よくスタッフと話をしています。当館の体験コンテンツについても、もう少し子供も大人も楽しめるようなものを考えられないかなと思っています。
例えば、現在行っている、大島紬に関する体験は、プログラムとしては文化を体感して理解するにはとても良く、続けていきたいのですが、その為には、関わるスタッフのスキルが必要ですし、体験時間や一度に受け入れられる人数の制約が生まれてきます。そこに、デジタルを活用して、各人が大島紬の色を塗ってそれをプリントアウトして持って帰れるとか、短時間でも楽しめるようなコンテンツが作れないかなと考えております。
また、現在、施設内にある約6,000坪の庭園についても、デジタルを使って楽しめるものが何かできないかなと思っています。例えばARを活用して、奄美の森を再現した庭園部分では、アマミノクロウサギの生態が見られたりというように、現地でも普段あまり見聞きすることができないものが可視化できるなど、デジタルを使って楽しみながら学ぶことができたらいいと思います。
今回のジョブケーションでは、大島紬や庭園という伝統のあるイメージから、デジタルを活用して新しいコンテンツを構築していく方向性が見つけられたら、と思っています。

Q.最後に、今回の募集で、関心を持っていただけるような方々へのメッセージとして何かございますか?

今回のジョブケーションは時間が限られているため、施設全体としての大きなテーマよりは、大島紬や庭園などについて「楽しむ」にはどうしたらいいか、というようなところに焦点を当てて、考えていただきたいと思っています。
「奄美の里」が、鹿児島に来たついでにたまたま立ち寄るのではなくて、ここに行くために鹿児島に行こうとか、あそこは外せないよねとか思っていただける施設になれば嬉しいなと思っています。
是非、当社自慢の「奄美鶏飯」を食べていただき、一緒に考えて欲しいと思っています。

本日はどうもありがとうございました。